読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

「やりたいこと」ではなく、「やりたくないこと」を考える

スポンサーリンク

親が大富豪であるとか、配偶者が自分を養ってくれるなどの特殊事情が無い限り、基本的に人は働いて、お金を稼がなければならない。つまり、職業を選択しなくてはならない。多くの人は、大学を卒業する段階になって、この現実に直面し、自分の「やりたいこと」は何なのか、と悩みだす。自己分析と称して自分史年表のようなものまで作成して、「自分がやりたい仕事」を精一杯さがそうとする。

 

これで、自分がやりたい仕事がぴったり見つかるという人は、別にそれでもいいと思う。それは幸せなことである。しかし、そんなに簡単に自分のやりたい仕事はぴったりと見つからないのが現実だ。そもそも、自分が本当に「やりたい」ものであれば、自己分析などするまでもなくやりたいと感じるはずだし、もう既に行動に移しているはずである。

 

仮に、自己分析の結果「やりたいこと」がぴったり見つかったとしても、それが職業になるとは限らない。例えば、「一日中、家でぐーたら寝ていたい」とか「文化系女子にもてたい」という希望は、どうやったって職業には結びつかない。こういった素の願望を職業に結びつけていくアプローチが自己分析らしいのだが、どうやったって職業に結びつかないものはある。もし、無理やり結びつけるというのであれば、それは基本的には自分を騙して納得させるためのプロセスにすぎないと思う。 

 

僕は、こんなふうに「やりたいこと」をさがしていくという自己分析をやるくらいだったら、ひたすら「やりたくないこと」を考え続け、消去法的に職業選択をしたほうがいいと思っている。例えば、「客に頭をペコペコ下げるようなことはしたくない」「スーツは着たくない」「休日に、突然緊急の電話がかかってくるような仕事は嫌だ」といったように、「自分にとって我慢ならないこと」を挙げていき、それが該当する職業を、就職先候補から消していく。この方法なら、心から自分に合っていると思える「天職」につくことはできないかもしれないが、「こんなはずじゃなかった」という地雷を(ある程度は)避けることはできる。

 

職業選択における一番のリスクは、「やりたいこと」を仕事にできないことではない。「やりたくないこと」を仕事にしてしまうことだ。「やりたくないこと」を考えることは、「やりたいこと」を考えることの何倍も易しい。仕事でやりたいことが全然思いつかない、という人はぜひこのアプローチを取ることをおすすめしたい。

 

「やりたいこと」や「好きなこと」を仕事にしなければ幸せになれない、というのは嘘だ。「やりたいこと」や「好きなこと」を仕事にしたって、不幸になってしまうことは十分にありえる。逆に、「やりたいこと」や「好きなこと」を仕事にできなくても、仕事以外の時間で、幸せになることは十分可能なはずだ。「自分にはやりたいことがない」という人も、別にそれで悩む必要はない。「やりたくないこと」だけ、仕事にしないように気をつけよう。その上で、仕事に限定せずに、やりたいことをゆっくり探していけばよい。

 

勇気をくれる後ろ向き名言

勇気をくれる後ろ向き名言