脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

働きたくないという気持ちから逃げちゃダメだ。

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今日は天気もよくないし、選挙特番を見て夜更かしをしてしまった後の月曜日だということもあって、今年最大に近いくらい「働きたくない」という気持ちが高まっている。「働きたくない」という気持ちはもともと常にあるのだけど、たまにとんでもないビッグウェーブがやってきて、僕の社会生活を脅かす。今日はそんな感じなので、いつもとはちょっとだけ趣向を変えて、この「働きたくない」という気持ちについて思うところを書いてみることにする。

この「働きたくない」という気持ちは、程度の差はあれ結構多くの人が感じているのではないかと思う。世の中には、こんなことを全く思いつかないくらい働くことが楽しかったり、働くことを人生そのものと捉えられる人たちがいるようだけど、そういう人たちばかりで社会が構成されていないことは、例えば通勤時やオフィス街におけるサラリーマン達の顔を見ればわかる。「働きたくない」という気持ち自体は割と自然な感情だと僕は思う。

ただ、現実には親の資産があるとか、配偶者が養ってくれるとか、あるいは宝くじに当選したとか、そういう特殊事情が無い限りは、全く働かないで生きていくというのは難しい。だから「働きたくない」人であっても、基本的には何らかのかたちで働かなくてはならない。

こういうことを書いていると、だから「働くことから逃げるな」という話につながりそうだが、僕が言いたいのはその逆のことである。こんな状況だからこそ、「働きたくない」という気持ちからは逃げてはいけない、と僕は主張したい。

働きたくないけど働かないと生活は送れない、だから我慢して働こう、という結論を出すのは非常に簡単だ。しかし、この結論に落ち着くと自分の素の感情である「働きたくない」という気持ちは抑えこまれてしまう。ここで思考停止せずに、諦めずにもう少し考えてみることで、見えてくるものもある。働かなければいけないんだけど働きたくない、これはどうにかできないものか、と考え続けることは結構有益なことである。

僕自身の話をすれば、この「働きたくない」という気持ちが原動力になって起業をしたり、こうやってブログを書いたりしている。「働きたくない」という気持ちから逃げていたら、世の中のこととか、ビジネスのこと(ここでは雇用以外の形態でお金を得ること、ぐらいの意味で使っている)について、真剣に考えることはなかっただろうと思う。大げさな言い方をすれば、「働きたくない」という気持ちと正面から向きあう事で、普通にサラリーマンをしているだけでは考えなかったであろうことを考えられるようになる、ということだ。

気持ちの面だけに話を限定すれば、社畜になるというのはある意味楽なことでもある。自分を洗脳して、会社の掲げる価値観に心の底から迎合すれば、それはそれで住みやすい世界が待っているのかもしれない。ただ、会社によって植え付けられた価値観は、もともとのあなたの価値観ではない(たまたま、最初から一致しているという人もいるだろうけど)。その価値観に染まって一生を終えるということは、他人の人生を生きることと同じことだと僕は思う。

「働きたくない」と思っている人は、「働きたくない」という気持ちから逃げずに、これと正面から向き合って、自分なりの答えを探してみてはいかがだろうか。僕はまだ答えが見つかっていないが、これからも逃げずに考え続けたいと思っている。