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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

会社勤めをしている人が、会社勤めをしていない人より偉いわけではない

時事ネタ 仕事観
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昨日、以下の記事がちょっとだけ話題になっていた。

「イケダハヤトが25歳世代の常識?お願いだから笑わせないでください」-AERAの特集を読んで :: さようなら、憂鬱な木曜日
http://goodbyebluethursday.com/archives/21942280.html


はじめに断っておくが、僕はノマドワーカーなる働き方を礼賛する立場を取る者ではない。そもそも、ノマドワーカーと個人事業主の違いが僕にはよくわからないし、個人事業主といえども経営者なので、経営者が直面するリスクとは当然向き合う必要がある。「誰もがノマドワーカーになって生活していけるし、そうすべきだ。会社勤めはオワコン」という意見はさすがに乱暴だと思う。「ノマドがこれからの時代の主流です」という論調に異議を唱えたいという人の気持ちはよくわかるし、安易にノマドワーカーを目指す人には、「自分のスキルセットと向き合い、事業計画の見通しを立てた上で決めた方がいい」と言いたい。

そう前置きをした上で、この記事の内容に僕は賛成することはできない。特に、異議ありと言いたいのは以下の部分である。

しかし、25歳くらいの社会にもろくすっぽ出ていないような若造がたかがブログ収入20万ごときで人生を語るべきではない。「すいません、本当は会社勤めが嫌で、人間関係とか面倒くさくて、朝早く起きるのも嫌だし満員電車も嫌だ。だから仕方なくやってます、すみません…」と言うべきなのだ。


この記述の背景には、間違いなく「会社勤めをしている人は会社勤めをしていない人よりも社会的には立派で、偉い」という価値判断が存在している。会社勤めが嫌で、人間関係が面倒くさくて、朝早く起きるのが嫌で、満員電車が嫌だったとしても、「すみません」と謝る理由にはなり得ない。例えば、これらの理由で親のスネをかじり続けているというのであれば、親に対して「すいません」と謝らなければならないと思うが、ブログだろうとなんだろうと、自分の力で生計を立てているのであれば、誰にも迷惑をかけていないのだから、謝る必要なんてない。

「みんなが我慢していることを、我慢できない人には欠陥がある」という考え方は明確に間違っている。人間は本来的には多様で、自分が当然のように我慢できていることを、当然のように我慢できないという人もいる。各人が「自分にとって」我慢できないことを回避しようとする戦略を取ることは極めて真っ当なことであり、これを「社会不適合者」のように見るのは感心しない。

会社勤めをしている人が、会社勤めをしていない人よりも偉いということは絶対にない。もちろん、これには逆もあって、会社勤めをしていない人が、会社勤めをしている人よりも偉いということもない。要は、これは「生き方」の問題であって、どちらのほうが立派だとか偉いとかそういう話は不適切なのである。

そういう意味で、社畜ノマドがお互いディスりあっている現状はおそろしく不健全で非生産的だ。そんなことをしても、お互いにとっていいことはない。端的に、エネルギーの無駄である。

インターネットやオープンソースソフトウェアの普及で商売のハードルは格段に下がったので、今後働き方の多様性はさらに増すことになるだろう。ノマド以外にも、今までになかった働き方の形態が出てくるかもしれない(もっとも、僕自身はノマドワーカーの新しさがいまいち理解できないが)。そんな時代を生きていくためには、自分と違う働き方をする人を「否定しない」ことは、必ず身につけなければならない重要な考え方である。

 

ノマドライフ 好きな場所に住んで自由に働くために、やっておくべきこと

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