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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

有給休暇が消化できないのは、タダ働きと変わらない

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日本人の有給休暇の消化率が世界的に見ても悪いという話は、たびたび聞く。たとえば、以下の記事を見ると分かるが日本の有給消化率は38%とダントツで最下位だ。

 

日本人は休みベタ?有給休暇国際比較調査2012|エクスペディア
http://www.expedia.co.jp/corporate/holiday-deprivation2012.aspx

 

半分以上の人が、付与された有給を十分消化できずに終わっていることがわかる。欧米諸国と比べると、なんとも残念な数字である。

 

この、「有給が全部消化できない」 という状態は、僕はある意味ではタダ働きと変わらないと思っている。ふつう会社は、有給休暇の付与日数だけ休むことを念頭においた上で、その人の給料の額を決定している。たとえば、年間の休日が土日祝日すべて足して121日、有給付与日数が年間12日だったとしたら、365-121-12 = 232日の出勤日数に対して給料の額がいくら、と決まる。ここで有給を使わずに244日出勤したとしても、給料の額は変わらない。結局、有給を使わずに消滅させてしまうということは、無給で休日出勤をしたことと同じということになる。

 

有給休暇を、働いていないのに会社から給料をもらえる制度だと思ってしまっている人がたまにいるが、それはあまりにもお人好し的な考え方だ。有給休暇の取得分は、当然給料の中に含まれている。ちなみに、これは労使折半の社会保険料でも同じことだ。「社会保険料を、会社が半分負担してくれている」と考える人がたまにいるけど、これもそれを見越した上で、払う給料の額を決めているのが普通だ。

 

そういうわけなので、有給休暇が全部消化できない、というのはサービス残業とあまり変わらない大問題だということになる。そして、サビ残以上にこのタダ働きの強要システムは巧妙にできている。

 

法的には、従業員の有給休暇の申請はよっぽどのことが無いと突っぱねられない。会社には時季変更権という有給取得の時季を変更してもらう権利が特定の条件下では認められているが、これだって「却下」ではなく「変更」をお願いすることしかできない。従業員が「取りたい」と言ったら、必ずどこかで取らせなければならないことには変わりがない。

 

もっとも、実際には有給休暇は「職場の空気」をうまく利用することで、取得がだいぶ抑制されている。例えば、誰も有給休暇を全部消化していない、という職場で自分だけ当然のように有給休暇を全部消化しよう、という行為に出ることは日本人にはハードルが高い。法律的には問題がなくても、会社で干されては仕事がやりにくいし、出世にだって響くかもしれない。こういう心理がはたらいては、法律上はいくら権利があったとしても、実際に取得することはためらわれてしまう。

 

残業代を払わない、というのであれば会社が法律で定められた義務を履行しない場合なので犯罪行為だと明確に言いやすいが、権利を心理的圧力で緩やかに放棄させるというやり方は、犯罪だとは言い切れないから非常に厄介だ。「権利は行使できる、でも行使すると事実レベルでは色んな不利益がある」という曖昧な状態をつくることは、巧妙であり、かつ卑怯だとも言える。

 

日本の有給消化率を上げる方法は、施策レベルでは色んなやり方があるだろう。ただ、前提として「休むこと」に対する日本人の考え方を根本から変えて行かないと、いつまでたっても「職場の空気」に抑制されて、有給消化率は上がらないのではないかと僕は思う。休むことは悪いことではない。休むことは、ご飯を食べたり寝たりするのと同じく、必要なことだ。付与された有給は、当然全部使い切る。むしろ、使わないで消滅させるということがイレギュラーだ。このような姿勢を「社会常識」として、それこそ教育レベルから浸透させていくことが、まず最初に必要なことなのではないだろうか。

 

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))