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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

会社を辞めるのがゴールというわけではない

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以下の記事で、直接言及をいただいたので、ちょっと思うところを書こうと思う。

 

フリーになって悔しさというバネを失った話 - 体調わる子の毒吐きブログ

 

最初に言っておくと、このエントリは僕の個人的な価値観を綴ったものにすぎない。いわゆるチラ裏的なエントリであることをお断りしておく。

 

上の記事で、わる子さんは「会社を辞めてフリーランスとして独立することで、悔しさというバネを失ってしまって成長できなくなった」といったことを書いている。

 

僕個人の話をすると、会社員時代はたしかに「悔しい」という気持ちでいっぱいだった。もっとも、わる子さんの書いている「悔しさ」とは、質的に異なる「悔しさ」だ。僕が悔しかったのは「会社の時間的拘束のせいで、やりたいことをやる時間が満足にとれない」ことだ。僕は読書が好きなので、可能であれば年300冊ぐらいは本を読むことに時間を使いたいのだけど、働きながらだと全然読めない。映画も好きなので、これも可能であれば年300本ぐらいは観たいのだけど、これも会社勤めだと簡単ではない。ふらっと2ヶ月ぐらい旅行に行ったりもしてみたかったが、日本の会社ではそんなに長く続けて休むことは不可能だ。このように、「会社の仕事のせいで、やりたいことが満足にできない」というのが悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 

僕の悔しさはこういう類のものだったので、わる子さんが記事で挙げていたような「仕事で見返す」という方向で努力するということにはなりえなかった。「仕事」でいくら認められても、悔しい状況は構造的に変わらないからだ。だから僕は、プライベートプロジェクトに精を出すことにした。会社外での収入を確保すべく、ブログをせっせと更新し、スマホアプリやウェブサービスの開発にエネルギーを注ぎ込んだ。

 

いま振り返ると、当時はかなり頑張っていたように思える。平日はブログの記事を書く時間が取れない日も多かったので、記事は土日に7個分書き溜めて毎日会社からこっそり更新ボタンを押すという方法で更新していた。他の空いた時間は、基本的スマホアプリやウェブサービスのコーディングに費やした。終電で帰宅して、深夜2時ぐらいまでプライベートプロジェクト用のプログラムを書くような日もあった。これに途中で出版の話も加わり、いよいよ忙しさは最高潮に達した。

 

これだけ色々と頑張れた(頑張ってしまった)のは、やはり「悔しさというバネ」によるところが大きいのかもしれない。悔しさがエネルギーに変わりうるというのは、その通りだとは思う。

 

目標が達成できて会社を辞めた今となっては、もうかつてのような勢いでプライベートプロジェクトに取り組んだりはしていない。毎日ブログを更新するために土日に7個記事を書きためたり、毎日深夜2時までプライベートプロジェクト用のiPhoneアプリのコーディングをすることはなくなった。

 

と言っても、「悔しさというバネを失って燃え尽きた」かというとそうではない。フリーになると、会社員時代とはまた別な問題が発生する。フリーランスは、何も成果を上げなくても1ヶ月黙って会社に通えばお金がもらえるような身分ではない。「やりたいことをやりたいようにやる」ためには、今の収入を守り続けなければならない。そういう「怖さ」がある。「悔しさ」はなくなったかもしれないが、かわりにそれ以上の「怖さ」が発生してしまった。

 

この「怖さ」に対処するには、結局またそれなりに色々と努力する必要があるだろうなぁ、とは思っている。いまは売上の規模を上げることと、ビジネスの種類を増やしてリスクを分散することが大きな課題だ。そのために、色々と試行錯誤をしている。「淡々と毎日が流れていく」ような安定・安心の状況には、まだ至っていない。

 

僕は「自分自身の成長」みたいなものにはほとんど興味がもてないのだけど、「自分がやりたいことはやりたい」とは思っている。だから今の生活は守り抜きたいし、できればもっと「やりたいことをやる」ことに最適化された生活を送りたい。だからこれからもやらなければならないことはたくさんあるし、それを目指して日々を送っていくのだと思う。

 

会社を辞めることは、別にゴールではない。あくまで自分がやりたいことをやるための「手段」のひとつだと思っている。まだまだ先は長い。いつか、本当に一切働かなくてもいいぐらいたくさんお金を稼いでセミリタイアを達成し、燃え尽き症候群になってみたいものです。

 

金持ち父さん貧乏父さん

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