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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

好きなことを仕事にして幸せになるための条件

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仕事選びについて昔からずっとされている議論に、「好きなことを仕事にするべきか」というものがある。

 

たとえば村上龍『13歳のハローワーク』あたりだと、この考え方が全面的に肯定されている。「仕事は人生の大半を占めるのだから、そこで好きなことをしないでどうするんだ」という意見を言う人もいる(実際に計算してみると、どんなに多くても仕事は人生の30%も無いのだけど)。仕事の「環境」よりも「やりがい」が強調されることが多い日本では、基本的に「好きなことを仕事にすべき」という意見は多い。

 

仕事Aと仕事Bがあって、仮に他の条件(給料とか人間関係とか拘束時間とか)がすべて同じであれば、誰だって「好きなことに近い仕事」の方を選ぶだろう。また、嫌いで嫌いでしょうがないことを仕事にするのも普通は避ける。「仕事に対する好み」が職業選択の際に考慮すべき一つの変数であることには僕も同意する。

 

ただ、「好きなことを仕事にする」ことが幸せになるための「十分条件」だという考え方には賛成しかねる。好きなことを仕事にして、それで幸せになるためにはまだまだ満たさなければならない条件がたくさんある。今日はそのような「好きなことを仕事にして幸せになるための条件」ついて考えてみたい。

 

ざっと以下のような条件が挙げられそうだ。

 

  1. 好きなことがそもそも仕事として成立している
  2. その仕事において自分が提供できる価値が稀少である
  3. 意思決定の権限が十分に与えられている
  4. 職場の人間関係が良好である
  5. 所属する会社が法令を遵守している

 

もちろん他にもあるだろうけど、とりあえずこのあたりの条件は満たされないと、「好きなことを仕事にして、幸せに働く」という状態にはならない気がする。どこかで心にモヤモヤした気持ちを抱きながら働くことになるだろう。

 

例えば、ゲームが好きな人がゲーム制作会社に就職したとして、ただ上から降りてきた仕様に従って実装するだけの仕事をすることになったとしたらどうだろう(条件3が満たされていない状態)。その仕事で扱っている対象に思い入れがあるだけに、自由な意思決定ができないことでものすごくフラストレーションが溜まりそうな気がする。また、どんなに好きなことでもコモディティ化が進んでいる仕事だと、当然給料は安くなり、生活に困窮する場合があるかもしれない(条件2が満たされていない状態)。これを幸せと言えるのかは微妙だ。

 

それでも「好きなことを仕事としてやりたい」というのであれば、それはひとつの価値判断だとは思うのだけど、別に好きなことをやるためにはそれを仕事にしなければダメだ、というルールがあるわけではない。「仕事として」という制約条件を外すと、色々と楽になる側面もあるのは事実だ。儲けを出す必要もなくなるし、意思決定権限も自分に留保できる。人間関係も、自分で気が合うと思う人とだけ付き合うようにすればいいから気が楽だ。

 

どうも世の中の人たちの多くは、「プロ」に憧れる傾向が強いようだ。好きなことを突き詰めていくと、その究極系はそれを職業にして、それ一本で生計を立てることだ、と思ってしまう。しかし、実際には「プロ」があらゆる意味で一番良いとは言い切れない。好きなことを、「アマ」として極める方法だって本当はある。

 

自分は結局、好きなことを「プロ」としてやりたいのか、あるいは「アマ」としてやりたいのか、このあたりはよく考えなければならないだろう。「プロ」だけが幸せになる唯一の道ではない。「アマ」として幸せになるというのも、実はひとつの道なのではないだろうか。

 

仕事は楽しいかね?

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