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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

たしかに、研究室の学生は「お客様」ではないけれど……

大学生活
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以下の発言小町の投稿が妙に気になった。

 

研究室で、学生が教員に「客に対してその態度は何だ」といいます
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2013/1205/632269.htm

 

これはただの痛い学生の話にすぎないのだけど、大学にとって学生が「客」かどうかという問題はなかなか興味深い。

 

学生は大学に学費を納めているので、そういう意味ではやはり学生は「客」ということになるだろう。もちろん、大学の収入源は学費だけではなくて国から提供される補助金や、(日本ではあまり多くはないが)パテント収入なんかも考えられるので、学生へ提供されるサービスのよりどころとしての学費はあくまで一部にすぎないのだけど、それでも収入源の一部である以上、やはり学生が「客」と言えることにかわりはない。

 

もっとも、飲食店や小売業のようなサービス業と違って、大学の提供するサービスは「教育」であるので、「客に対してその態度は何だ」という主張は当然ながら不当だ。学生は「客」であっても「お客様」ではない。「教育」というサービスはその性質からして、別に顧客に対してへりくだって提供しなければならないようなものではない。常識の範囲内であれば、教師と学生の間に上下関係があるのも普通のことだろう。

 

ここまではあたりまえの話なのだけど、それでは学生は「お客様」ではないので、研究室の教授はいくらでも自分の研究のために学生をこき使っていいかと言われると、それは違うのではと思う。たしかに、研究室の学生は「お客様」ではないのだけど、だからといって「客」として扱うという姿勢がゼロではマズい。

 

具体的に言うと、学生を単なる「金のかからない労働力」として使い、それによって本来なされるべき「教育」が圧迫されるというのであれば、それは学費を納めている学生に対する契約違反に近い。ブラック研究室と呼ばれるような研究室では、学生に「研究」の一貫という名目で雑用を強要したりする(研究室旅行の手配であるとか、飲み会の幹事であるとか、研究室ホームページの改修であるとか)。これは「教育」ではなくて「労働」の範囲に属するものだ。「労働」には別途賃金が発生しなければおかしい。そしてまた、それをしない自由が学生の側に留保されていることも必要だ。

 

もちろん、どこからが「教育」でどこからが「労働」なのかといった線引は非常に難しい。例えば、指導教官が自分の授業で使うデモ用プログラムの作成を任されたとして、これが教育なのか労働なのかは微妙ではある。それでも、明らかに100%研究と関係がない雑用は存在して、それを学生に延々と押し付けてくるような研究室はたくさん存在する。それは学費という対価を払って「教育」というサービスを期待している学生に対する裏切り行為とは言えないだろうか。

 

本来であれば、雑用のたぐいはそれ専門のスタッフがやるか、学生がやるにしても相応の報酬をもらって正式に「労働」として研究と切り離して行うべきものだ。どうも、日本の研究室はこのへんが曖昧に思える(あるいは、研究室内の雑用もまた「教育」の一貫だと開き直る人もいる。自分はこの説明にあまり納得していない)。

 

研究室の学生に 「お客様」として接しろということは間違っても言わない。ただ、だからといって「金のかからない労働力」として使っていいという道理はない。教育の必要性から生じる上下関係が、そのまま無償労働を押し付けることに利用されてはならない。

 

以前、ブラック研究室という闇という記事を書いたことがあるけど、ひどい研究室はある意味でブラック企業以上にひどい。研究室活動は「教育」だから労働基準法は適用されないし、転職して逃げることもできない。研究室の学生を「お客様」扱いする必要はないが、学費を払っている一応の「客」として、最低限誠意のある接し方はして欲しいものである。

 

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