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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

「社員を守る」とか言っちゃう経営者が守ってるのは社員じゃなくて会社

仕事観
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以下の記事を、はてなブックマークで見つけた。

 

●社員を「守る」ためにも、社員に「負荷」をかけよう!|飲食店コンサルタントのBLOG~「売れる飲食店」ノウハウ公開中!~

 

別にこの記事を書いた人を個別に吊るし上げようという意図はないのだけど、この手の「社員を守るために、社員に負荷をかけろ」という理屈は割と見かけるので、ここで一度批判しておきたい。

 

この言い分には、おそらく2つの意味が含まれている。1つ目は、「社員に甘くしたため、会社が潰れてしまっては結局社員の不利益になる。だから社員に厳しくすることは正当化される」という意味。2つ目は、「負荷をかけなければ人間は成長しない。成長しなければ、これからの厳しい時代は生き残れない。だからお前のためを思って、(俺は心を鬼にして)負荷をかけるのだ」という意味。

 

1つ目について、この主張はそもそも終身雇用でその会社に社員が強く依存しているような状況を念頭においている。経営者が社員一人ひとりの人生に責任を持ち、会社と社員が人生においても密接不可分でベッタリくっついているような、そういう働き方をしている人についての話だ。

 

終身雇用があたりまえに維持されていて、新卒で入社した会社に一生勤めるのが当然という時代だったらこのような働き方をしている人も少なくなかった。なので、そういう時代にはこのような考え方も多少は正当性があったかもしれない。しかし、現代において会社に「人生の保証」を期待するのは間違っている。会社と契約を前提とした「取引先」として付き合うのであれば、経営者は社員を「守る」必要はないし、一方で社員も契約の範囲を超えて会社を「守る」必要はない。

 

それゆえ、たしかに会社が潰れれば一時的に社員は困ることにはなるが、だからと言って長時間労働や低賃金は正当化されない。社員に大きな負担をかけなければ経営が維持できない程度に経営状態が逼迫しているのであれば、もうその会社は死んでいるのと同じだ。仮に、本当に社員のためを思うのであれば、無茶な会社の延命に巻き込むのではなく、新しい就職先を斡旋してあげたほうが100倍その人を「守る」ことになる(そこまでする責任は普通ないが)。

 

2つ目の「負荷をかけなければ人間は成長しない。…」についてだが、そんなことは他人に言われるような筋合いの話ではない。「お前のためを思って厳しくしてるんだ」という言い分は、例えば親と小さい子供であるとか、学校の先生と生徒であるとか、そういう関係であれば成り立つ場合もあるだろうけど、いい大人同士の契約である雇用関係でこういう話を持ち出すのは不適切だ。経営者と社員は別に親子でも教師と生徒でもない。社員は契約どおりの労務を提供し、経営者は約束した額の給料を払う。それ以上の関係は持ち込むべきではない(双方がそれを強く望むというなら別だが)。

 

「負荷をかけなければ人間は成長しない」と思うのであれば、好きなだけ自分に負荷をかければいい。それは自由だ。しかし、他人は巻き込むべきではない。一言で言えば、「余計なお世話」だ。「他人のためを思って、あえて厳しくする」という行為はひとりよがりになりがちで、容易に暴走する。

 

結局のところ、この理屈は社員を「守る」ために…とか言っているが、これによって本当に守られるのは社員ではなく会社でしかないのだ。経営者がこの理屈を使い出したら、それはある意味、会社を乗り換える時期が来たということなのかもしれない。

 

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。