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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

大学受験は実際にはかなり有益で、偏差値は便利なツールにすぎない。

教育
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茂木健一郎さんがtwitterで吠えていた。

 

 

どうやら茂木さんは、ペーパーテスト重視の大学入試や、偏差値を計算して受験生の実力を測る現行の受験産業に非常に不満があるようだ。

 

僕はというと、現行のペーパーテスト重視の大学入試は入試のやり方として概ね妥当だと思うし、そのペーパーテストで高い点数を取るために行われる受験勉強という営みも、意義があるものだと思っている。

 

もちろん、ペーパーテストの結果が人間の価値を決めるなんてことは思っていないし、ペーパーテストで高い点数はとれるけど、他の部分で問題があってちょっとあまり関わりたくない、というタイプの人も何人かは知り合いにいる。ただ、「決められた期限までにペーパーテストで目標点数を取れるように自分を鍛える」という大学受験の課題設定は、後の人生でも使えるある程度普遍的な能力を滋養するのに適したよい課題設定だと思う。そういう意味で、現行のペーパーテスト重視の大学受験はかなり有益だ。

 

一言で言えば、大学受験というのは「プロジェクト」なのだと思う。期限があり、ゴールがある。ゴールを実現するためにスケジュールを立て、時にはスケジュールを立て直したりしながら、ゴールに近づいていく。目標達成の障害があれば、それを取り除く施策を考え、実行する。こういう「プロジェクト遂行」のやり方を学ぶために、ペーパーテスト重視の大学受験は最適だ。日本史の細かい年号などは受験が終わったら即効で記憶から消失するが、受験勉強を通して学んだ「プロジェクト遂行のやり方」は、大学での勉強や、卒業後の仕事などでも使うことができる。

 

これがペーパーテスト重視でない、たとえば人間力だとか、あるいはコミュニケーション力だとか、そういうファクターを重視するタイプの大学受験になってしまうと、プロジェクトを進めるという意味合いからだいぶ離れてしまう。人間力であるとかコミュニケーション力を測る方法は定かではないので入試のゴールがどこにあるのかよくわからなくなるし、現在の自分がそういった能力をどのぐらい持っているのかも測定できない。それらの能力を鍛える方法もわからないし、そもそも鍛えられるのかすら謎だ。就職活動のように、受験生がひたすらに迷走するという状況を生むだけではないだろうか。それは結局、大学受験を「プロジェクト」から「くじ引き」や「コネ」に退化させるだけに思える。

 

また、茂木さんは上記のツイートで偏差値を計算する予備校を諸悪の根源のように決めつけているが、各種予備校が出している「偏差値」は、別に人間の序列を表している数値なのではなくて、プロジェクトの達成度を測るための便利なツールにすぎない。仮に偏差値がなかったら、自分が今どのぐらいの位置にいるのかよくわからない(もっとも、あっても実際には目安ぐらいにしかならないんだけど)。この手の話になると「偏差値」はよく攻撃の対象になるが、目標達成度を数値化して判断するという姿勢自体は極めて真っ当で、「つぶれろ」とまで言われた各種予備校は正直いい迷惑なのではないかと思う。

 

もちろん、現行の受験制度に一切の問題がないとは僕は思わない。例えば、ペーパーテストで合否が決まることは一応は「公平」ということになっているが、家庭の資力で受けられる教育内容がかわり(予備校にも行けたり行けなかったり)、それで結果的に不公平になってしまっているという事実はたしかにある。ただ、それを改善するために必要なことは現在のペーパーテスト重視の入試をやめることではない。それをすれば、ますます入試の不公平感は増すのではないだろうか。

 

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