脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

「叱られ方」を学べという本末転倒な発想

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Twitterを見ていたら、NHKの「おはよう日本」でこんな特集をやっていたことを知った。

 

www.nhk.or.jp

 

特集では、大正大学で内定を取った4年生向けに行っている研修の内容が紹介されている。この研修で学ぶのは「叱られ方」だ。「叱り方」ではなく「叱られ方」である。普通、この手の研修であるのは管理職向けの「叱り方」研修だが、内定者に対して「叱られ方」を教えるというのはほとんど聞いたことがない。

 

もしかして、これは入社後に起こりうるパワハラに備えて、身を守るための対処法を教えるという研修なのだろうか。それであれば、非常に意味がある研修だ。企業ではなく大学がやるという理由もよくわかる。そう期待して特集内容を読んでいったが、残念ながらそういうものではなかった。

 

詳しくは上のリンクを読んでもらえばわかるが、番組では「最近の若い人たちは叱られた経験が乏しくて打たれ弱い」とよくあるエビデンスなき若者論に言及した上で、叱られる時は「相手の目を見ろ」であるとか「しっかり声を出せ」といった微妙なアドバイスが続く。「相手の目を見て話をする」であるとか「声を出して答える」というのは別に「叱られる」という文脈に限定されないコミュニケーションの一般論でしかないと思うのだが、それはまあいいとして、個人的には、以下のくだりが特に気になった。

 

講師を務めたエービーシーエデュケーションの山本みどりさんは「職場の上司は少し声は荒いかもしれないけれど、自分が否定されるというところから入らずに、まず『受け入れてくれている』と思ってほしい」と説きました。

 

これはあまりにも性善説に立ちすぎてはいないだろうか。声を荒らげる職場の上司が、常に部下を「受け入れる」つもりで説教をしているという前提に立つのはあまりにも現実に即していない。実際には、単に機嫌が悪いから、あるいは部下が気に食わないから、という理由だけで声を荒らげている上司も相当数いる。そうでなければパワハラなんて発生していないことになる。これをバカ正直に信じて、声を荒らげるパワハラ上司を「これはあくまで自分を否定しているのではないんだ、自分を受け入れてくれてるんだ」と思ってしまうと危険な事態になる可能性だってある。声を荒らげる相手に対して、真っ先にすべきは「受け入れてくれている」と考えることなどではなく、パワハラを疑うことである。

 

都道府県労働局などにパワハラ相談が持ち込まれる件数は年々増加傾向にある(詳しくは https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/foundation/statistics/ などを参照)。この状況を受けてやるべきは、どう考えたって「叱られ方」研修ではなく「叱り方」研修だろう。そして、仮に受け手の側に対して何かをやるとしたら、それは特集のような意味不明な「叱られ方」研修ではなく「パワハラからの身の守り方」研修である。

 

たとえば、上司からどういうことを言われたら「指導」ではなく「パワハラ」にあたるのか、そういう場合にどうやって証拠を集めればいいか(スマホで会話を録音する練習などをロールプレイでやってみるのもいいと思う)、パワハラを受けたらどこに相談するべきか、などを専門家から教えてもらうというのはいい考えだと思う。こういう研修をやりたがる企業はあまりないだろうから、大学などがその年の内定者に対して行うというのは役割分担の観点からもいい。

 

思うに、大学は企業に対して都合のいい人材を養成して送り込むだけの存在ではあってはならない。たとえ企業の利益にならなくても、適切に権利行使をして自分の権利を守れる人を教育して社会に送り出すのがその責務ではないだろうか。「叱られ方」研修のような意味不明な研修を内定者に実施するのは、なんでもかんでも最近の若者のせいにする企業のご機嫌取りをしているだけにしか、僕には見えない。

 

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