脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

職場に不満があるなら、転職という選択肢はいつでも持っておくべき

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こちらを読んで。

 

 

この記事には反対意見も多く、僕自身も賛同できなかったのでツイッターにちょろっと意見を書いた。基本的に、僕は「転職しないほうがいい」という意見を強く言う人をあまり信用していない。もちろん、過剰に転職することを煽る人も同程度にはあやしいのだが、人間が働く上で環境は無視できない要素であり、その環境を大きく変える手段である「転職」という選択肢はいつだって有効である。

 

世の中の会社が全部似たような場所なら「どこに行っても同じ」という意見は成り立つが、幸い、会社にはそれぞれ多様性があって、規模や仕事内容、カルチャー、所属する人間一つ一つが違うわけなのだから、今の会社が合わなくても他の会社に行ったらうまくいくということは十分考えられる。僕の周囲でもそういう例の転職で成功した人はたくさんいるし、僕自身も数社ほど経験した身だが、やはりそこで幸せに働けるかは会社次第という印象が強かった。

 

よく、ポジティブな理由以外での転職を否定する人がいるが、これは基本的にはポジショントークなので鵜呑みにする必要はない。この手の意見については、過去に何度も反論を書いている。

 

 

冒頭の記事の主張も基本的にはその亜種で、「成果」という言葉をキーワードに、ポジティブな転職ならともかく、ネガティブな転職をする人は「負け組」であるとしている。ただし、ひとつ重要な指摘もしてはいるとは思う。ネガティブな転職をした後、つまり評価をリセットした後の動きが重要だというのは、僕も同意する。転職が最終目的なのではなく、手段だということは忘れるとたしかに痛い目にあう。

 

ところで、冒頭に上げた記事には「職場の不満の多くは成果を出せてないのが原因」と書いてあり、それがこの記事の主張を支える大前提になっているが、これは果たして本当なのだろうか。むしろ、不満は「成果を出しても評価されない」ことや、「人間関係」のような必ずしも成果と関連するとは限らないことから来ることもかなり多いのではないだろうか。このあたりの論理展開があやしいので、冒頭の記事はやはり読んでいるともやもやする。

 

もっと言うと、「成果」というのはわかったようでわからない言葉である。日本に成果主義を根付かせようという意見はかなり前からあるが、うまく根付いているという企業はほとんどない。これは第一に、「成果」を測定することの難しさから来ている。プログラマーの成果を足されたコードの行数で測るようなことをすればたちまちプロジェクトは崩壊するし、売上だけを「成果」の指標にすると、先行投資的なプロジェクトに携わっている人はいつまでたっても評価されないことになる。「成果」の指標設定を間違えば、スルガ銀行のように不正を誘発するおそれもある。「成果」の実態はあやふやで、時にはそのあやふやさが、多くの混乱を生むことになる。

 

転職を検討するなら、「成果」のようなわかりづらいものを持ち出すよりも、シンプルに「自分の気持ち」に従うことを考えたほうが良い。人間にはある程度の共感力が備わっているとはいえ、究極的には、自分の気持ちは自分にしかわからない。自分が今の環境をどうしても嫌だと思うのであれば、その感覚は基本的に正しい。仕事が楽しくないという感覚も、自分が心からそう感じたのであれば、やはり正しい。もちろん、他人に相談して意見を聞くことも大切だ(ただし、相手は会社の人事担当者でないほうがいいのは言うまでもない。基本的に、自分が転職しようとしまいと、それに利害関係がない人を相談相手には選ぶべきだ)。しかし、最終的に決断を下すのはやはり自分である。

 

実際に転職するかどうかは別として、どんな場合でも選択肢の中に「転職」というオプションはつねに確保しておくようにしたい。特に若い人は、これから一生、同じ会社で働き続けるというのはあまりにも現実的ではない。いつかはどこかで、必ず会社を離れる時が来ると思っておいたほうがいいだろう。

 

一生、同じ会社で働きますか?

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