脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

世界の感情労働事情

前の記事でお知らせした通り、本日、約6年ぶりの新刊『はい。作り笑顔ですが、これでも精一杯仕事しています。』が発売されました。

 

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書影

この本には、残念ながらページ数の関係で載せられなかった話がいくつかあります。当初の構想ではコラムとして章と章の間に挟むつもりだったのですが、ページ数は増やせないという話になり、掲載を断念した原稿が僕のパソコンの中に眠っています。このまま日の目を見ないのも悲しいので、ブログで何回かに分けて掲載したいと思います。

 

コラムの内容自体はほぼ独立していますので、本を読んでいただいていない方でも問題なく読めるはずです。このエントリをきっかけに「感情労働」について興味を抱いた方は、ぜひ書籍の方も手にとっていただければと思います!

 

   コラム:世界の感情労働事情

 

 日本には感情労働が蔓延しているという話をここまでずっと書いてきましたが、では他の国の場合はどうなっているのでしょうか?
 まずは日本のお隣である韓国の状況を紹介したいと思います。
 本文の中で、韓国では「感情労働者保護法」という法律の制定について議論されているという話を少し書きましたが、このことからもわかるように、韓国も非常に感情労働が蔓延している国です。その過酷さは日本と同程度か、場合によっては日本以上と言えるかもしれません。
 韓国のサービス業ではよく「愛してます、お客さま」という決まり文句が使われているといいます。
 このことからもわかるように、韓国では顧客と店員との間に強い上下関係があるという価値観が一般的で、カスタマーハラスメントのような事例もよく起きています。
 日本でも広く報道されたので記憶している方もいるかもしれませんが、2014年の12月、大韓航空86便に乗客として乗っていた大韓航空副社長の趙顕娥(チョ・ヒョナ)氏が接客に対するクレームをつけ、そのせいで旅客機が搭乗ゲートに引き返して運航が遅延するという事件がありました。
 この事件は、客室乗務員がマカデミアナッツを袋のまま提供したことがきっかけになって起きたことから「ナッツ・リターン事件」などと言われています。
 たかがマカデミアナッツのことぐらいで飛行機を遅延させるほどのクレームをつけるというのは明らかにやりすぎで、これは典型的なカスタマーハラスメントです。大韓航空の副社長という社内の立場に物を言わせた嫌がらせだと考えれば、パワーハラスメントにも該当すると思われます。
 この例に限らず、韓国国内では顧客の行き過ぎた要求が店員を苦しめる事件が相次いで起こっており、「感情労働者保護法」を制定しようという声はこのような過酷な状況が背景になって上がってきたものでした。
 感情労働の問題に限らず、労働環境を巡る問題では韓国と日本には多くの類似点が見られます。韓国も日本と同様、長時間労働が常態化していますし、過労死も多数発生しています。
 余談ですが、日本のガラパゴス化した労働環境をテーマにした僕の著書『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)は韓国語にも翻訳され、向こうでも多くの読者を獲得しました。
「日本人が書いた本なのに、まるで自分の国の人間が書いた本のようだった」
という感想も、現地の人からインターネット経由でたくさんいただきました。
 歴史認識などの問題では対立することも多い両国ですが、これだけ似たような問題に悩まされているのであれば、お互いもっと協力して知恵を出し合うのも一考ではないかと僕は思います。

 韓国のような感情労働大国がある一方で、世界には「サービス砂漠」と言われるぐらい、接客業の店員がサービスをしない国もあります。
 それは「EUの盟主」と言われることもあるドイツです。
 仕事や観光で初めてドイツに行った日本人は、日本とはあまりにも違うドイツの店員の態度にびっくりするといいます。
 愛想がないだけならまだしも、ドイツの店員は平気で顧客に文句を言います。
 ある人は、レジで支払いのために何気なく高額紙幣を出したところ、
「こんな高額紙幣で払うなんて! お釣りが用意できないじゃないか!」
 とブチ切れられたそうです。
 日本でこんな対応をされたとなれば、すぐに店を晒してSNSで拡散させてやる……と息巻く人もいるかもしれませんが、ドイツではこのレベルの接客は普通のこと。悪いのはむしろ、高額紙幣で支払おうとした客側ということにすらなりかねません。
 仕事の「責任範囲」に対する考え方も、ドイツでは徹底されています。
 日本の接客業では「お客様を待たせるのはよくないことだ」という考え方が浸透しており、たとえばコンビニなどで品出しをしていても、レジに会計待ちの客が現れれば品出しを中断してレジの対応をするのが普通です。
 ところがドイツの場合は、待っている人を無視して品出しが続行されることがままあります。なぜそうなってしまうのかというと、その人の仕事の責任範囲に「レジ打ち」は含まれていないからです。
 仮に含まれていた場合でも、ドイツの店員は平気で客を待たせます。
「今は品出しで手一杯だから、会計してほしいなら待て。待てないなら、あきらめて帰れ」
 という理屈です。
 日本の店が「お客様最優先」で動いているとすれば、ドイツの店は「店のルール最優先」で動いていると言えるでしょう。
 このように、日本の常識で考えると驚くことばかりのドイツですが、労働者目線で見た場合は、必ずしも悪くありません。
 たとえば、ドイツ人の労働時間は、世界的に見ても非常に短いと言えます。2018年のOECDの調査では、ドイツの平均労働時間は1363時間と加盟国中最下位です。ちなみに日本は1680時間で、その差は317時間もあります。
 有給休暇の取得率も、ドイツはほぼ100%です。たった5日間の有給取得を義務づける法律(2019年4月施行)を作るだけでも大変だった日本とは大違いです。
 当然ながら、カスタマーハラスメントのような問題もドイツでは起こっていません。そもそもドイツには、客と店員との間に主従関係があるという考え方自体が存在しないからです(もしかしたら、客は店員の決めたルールに従わなければならないという意味で、逆の主従関係はあるかもしれませんが……)。
 ドイツの場合は少し行き過ぎなところもあるので、日本もドイツのようになるべきだとは決して思いませんが、それでも日本がドイツから学べることは数多くあるように僕は思います。

 

緊急事態宣言で本屋さんの多くは閉まっていますが……オンライン書店などでは購入可能です。何卒、よろしくおねがいします。

 ↓Kindle版もあります

 

『はい。作り笑顔ですが、これでも精一杯仕事しています。』という「感情労働」についての本を書きました

実に6年ぶり(!)なのですが、また本を書かせていただきました。今回は感情労働がテーマの本です。

 

 

発売日は4/30です。帯および本文のイラストは、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』と同様に、深川直美さんに描いていただきました。今回も、とてもユーモラスで素敵なイラストをありがとうございます!

 

見本が届きましたので、書影を掲載します。Amazonだと帯の写真が掲載されていないのですが、実物はとてもいい感じです。

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これまでも本は3冊ほど出させていただいていますが、今度の本ではまた新しいテーマに挑戦させてもらっています。「働き方」という根底の部分は過去作とも共通していますが、今回は「感情労働」といういま日本で問題になりつつあるテーマを、様々な角度から深堀りしています。

 

もしかしたら、「感情労働」と言われてもピンとこない人もいるかもしれません。そういう人のために簡単に説明すると、感情労働とは「感情の抑制や忍耐などを不可欠の職務要素とする労働」のことです。具体的には、接客業全般や看護師・介護士などが、感情労働の代表職種だと言われています(なお、本書ではあえて感情労働の該当範囲を少し広めに取るようにしています。一般的なオフィスワーカーも、本書では感情労働をしているものとして扱っています)。

 

肉体労働が「肉体を使ってする労働」であり、頭脳労働が「頭脳を使ってする労働」のことであることから派生的に考えれば、感情労働とは「感情を使ってする労働」のことだと言っても良いでしょう。感情労働は、肉体労働、頭脳労働に続く第三の労働形態だ、などと言われることもあります。

 

そんな「感情労働」ですが、近年、日本ではいろんな意味でこの概念への注目が集まりつつあります。オリンピックを誘致する過程で、日本が「おもてなし」を世界へのアピールポイントにしたことからわかるように、日本のサービス水準は世界的に見てもトップクラスです。飲食店に入れば、決して高いお給料をもらっているとは言えない店員さんが、笑顔で非常に質の高い接客をしてくれます。このことはサービスの受け手から見れば良いことのように見えますが、視点を変えてサービスの提供側から見れば、それだけ働き手への「感情労働」の負担が高まっているとも言えます。

 

中には店員が立場的に言い返せないことを逆手に取って、店員に暴言を吐いたり、理不尽な要求をする非常識な客もいます。こういった非常識な客が相手でも、店員は基本的に無理やり笑顔を作って対応をしなければなりません。タイトルの『はい。作り笑顔ですが、これでも精一杯仕事しています。』という言葉は、そういった「現場の叫び」を反映させたものです。

 

本書を書き上げた時点では、世界がこんなにも新型コロナウイルスに翻弄される状況になることは想定していなかったのですが、その後の流れを見ている限りでは、コロナ禍の影響で感情労働に従事する方たちの負担はますます増えているように思われます。SNSでも、ドラッグストアやコンビニなどの小売店の店員さんや、医療関係の仕事に従事している方々などの悲惨な叫びを毎日のように目にします。

 

そういう意味では、奇しくも今の日本に必要な本を出すことになったのではないか、とも思っています。緊急事態宣言下で本屋の多くが閉まっているという、純粋に売る側の視点から言うとかなりの逆境下での出版になってしまったのですが、オンライン書店では購入できますし、Kindle版もありますので、どうかお手に取っていただけますと幸いです。

 

Kindle版↓