会社に入れば、よほど上のポジションでない限り、上司というものが存在する。上司はあなたに仕事上の命令を下し、あなたの仕事の進捗を管理して、あなたの仕事ぶりを評価してくる。こんな風に命令されたり、管理されたり、評価をされたりしていると、上司はとても偉い存在のような気がしてくる。
しかし、よく考えてみると、あなたの上司も、生まれながらにしてあなたの上司だったわけではない。たまたま、その会社で、あなたよりも役職が上だったに過ぎない。会社というコンテキストにおいて上司だというだけで、一歩会社の外に出ればただの人であり、あなたより偉い人間だというわけでは決して無い。このことは、当たり前のことなのだけど、会社という組織でずっと働いていると、見過ごされがちなことだ。
スタンフォード大学で行われた有名な心理学の実験で、「監獄実験」というものがある。この実験では、20名ほどの人間を、看守役と受刑者役のグループに分けて、それぞれの役割を演じさせた。時間が経過するにつれて、看守役の人間は看守らしく振る舞い、受刑者役の人間は受刑者らしく振る舞うようになったという。最終的には、看守役が受刑者役に暴力まで振るうようになり、実験は中止されることとなった。
スタンフォード監獄実験において、看守役は別に本当に看守だったわけではないし、受刑者役も本当に犯罪を犯して受刑者になったわけではない。たまたま、そういう役割を担うことになったに過ぎない。しかし、そういう状況をずっと演じているうちに、看守は看守として振る舞うようになるし、受刑者は受刑者として振る舞うようになってしまう。あるコンテキストに長くいると、それがまるで生まれながらの役割だったかのように人は思い始めてしまう。
僕は、これと同じことが会社でも起こっていると感じている。上司は上司として部下の上に立っていることで、生まれながらにしてその部下よりも自分が偉いかのような錯覚に陥る。部下は部下で、ずっと上司の下で働いていると、自分がその上司よりも下の人間だと思いこんでしまう。会社と自分の人生を過度に重ねてしまう人ほど、こういう思考に陥りやすい。
しかし、これは実際には錯覚なのだ。あなたの上司は、たまたま今あなたが契約している会社で、役職があなたよりも上の立場にあるというだけであり、人間的にあなたより上であるとか、偉いということは絶対にない。一歩会社を出ればただの人であり、あなたに命令を下したり、あなたの行動を評価したりする権利は持っていない。これは、あなたが部下を持つ立場だったとしても同じである。会社を出れば、あなたと部下の関係はあくまで互いに尊重すべき人対人の関係である。偉そうに振る舞っていい理由は存在しない。
こういう風に、会社というコンテキストに凝り固まった思考に陥らないためには、会社を絶対視しないようにすることが必要だ。会社とあなたはあくまで一時的な契約上の関係であって、それ以上のものではない。仕事に必要以上に没入し、追い詰められているような気がした時は、このことを思い出すようにするといいと思う。
福沢諭吉が「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言ったように、本来的には人には上も下もないのである。このことは、絶対に忘れてはならないことだ。

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