他人を説得しようとする時に、その人を「論破」してしまう人がいる。
そうしたくなる気持ちもわからないではない。「説得する」というのはすなわち相手に意見を変えさせるということなので、素朴に考えると相手に意見を放棄させればいいということになる。もっとも、このやり方がうまくいくことはそんなにない。どんなに正論でも、意見を否定されると人はいい気持ちにはならない。実際にはそれはあくまで「意見」の否定でその人の「人格」を否定したわけではないのだけど、多くの受け手はそんなふうに好意的に解釈をしてはくれない。
AさんとBさんがお互いの意見を聴衆に向かってスピーチして、聴衆がどちらか正しいか決める、というのであれば「論破」もいいだろう。AさんがBさんを論破した結果、Bさんはとても嫌な気分になるかもしれないけど、この場合の意思決定権者はBさんではないのでまあ問題はない。しかし、「説得」の場合は意思決定をBさん自身が行うことになる。Bさんの機嫌を損ねないことは、ある意味論理の筋を通すこと以上に大切だ。
そう考えると、いわゆる「ロジカルシンキング」というのは万能の技術でも何でもないということに気づく。もちろん、論理的に考えることは重要だし、論理的にプレゼンすることも重要だ。しかし、誰かを説得することが最終目的だとしたら、論理だけでは全然足りないということになる。正しいことを言うことよりも、相手の信頼を得ることのほうがずっと重要になる。
この「相手の信頼を得る」というのがめちゃくちゃ難しい。ロジカルシンキングは、乱暴な言い方をすれば、何冊かそういう本を読めば誰でも身に付けることができる。しかし、相手の信頼を得るというのは、本を読むだけではどうにもならない。もちろん、本を読んだりすることで学べるものもあって、例えばデール・カーネギーの『人を動かす』とかにはそういう「コツ」もある程度載ってはいるのだけど、それでも本で学べるようなことは限られている。どうしても実地訓練が必要で、試行錯誤の末に少しずつうまくなっていくしかない。自分があまり得意ではないということもあって、こういうスキルに長けた人に出会うと、純粋に「すごいな」と思う。
「論理的に考えられること」と「相手の信頼を得られること」は、言ってみれば車の両輪のようなもので、両方をバランスよく身につけていることが重要だ。どちらかに偏りすぎないように気をつけたい。

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