脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

宇都宮健児弁護士と対談しました

先日、市民派弁護士の雄であり、元日弁連会長の宇都宮健児先生と対談する機会をいただきました。

 

権利の主張が「脱社畜」への王道 | あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。 | 東洋経済オンライン 

「脱社畜」への道── 市民派弁護士宇都宮健児 + 脱社畜ブログ管理人日野瑛太郎 | ダ・ヴィンチニュース

 

東洋経済オンラインとダ・ヴィンチニュースの二箇所に掲載されているのですが、記事の後半の内容がそれぞれで違います。ですので、両方ご覧いただけると嬉しいです。

 

会社に入ると、「最近の若者は権利ばかり主張している」とか「権利を主張するなら一人前になってから言え」というようなことを言われることが少なくありません。しかし、こういう意見は本来おかしいものです。権利は権利として「そこにある」ものなのですから、新入社員だろうと若者だろうと、堂々と主張して差し支えないはずです(参考:「権利行使には義務が伴う」というフレーズに対するよくある誤解)。対談を通じて、そのようなことを再確認することができました。

 

対談では、拙著『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』に出てくる「社畜になりやすい人が抱いている仕事観」についてもお話しさせていただきました。まだお読みでない方は、ぜひ手にとってみていただけると嬉しいです。

 

 

ちなみに、宇都宮健児先生は、宮部みゆきさんの小説『火車』の登場人物・溝口悟郎弁護士のモデルになった方でもあります。こちらも合わせておすすめします。

火車 (新潮文庫)

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教師は率先して「仕事よりプライベートを優先」する姿勢を見せるべき

以下の記事について。

 

担任、息子の入学式へ…県立高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意 (埼玉新聞) - Yahoo!ニュース

 

実に、気持ち悪いニュースだと思う。気持ち悪いと思った対象は、当然ながら入学式を欠席した先生ではなくて、それを「けしからん」という意見のほうだ。

 

どうやら江野幸一埼玉県議会議員が先頭にたって批判をしているらしいけど、個人的には「あんたが偉そうに騒ぐことか」と言いたくなる。この件で教師に何か言える立場の人がいるとしたら、それは県議でも保護者でもなく生徒だけだろう。二言目には「教師の倫理観」で、まるで中身がない。もしや、教師を叩くと票が集まるとかそういう仕組みなのだろうか。

 

正直、担任とは今後も一年ぐらいずっと顔を合わせることになるのだから、初日いなかったとしてもそこまで問題ではないだろう。生徒に軽く謝るぐらいでいいのではないだろうか。実際、そういう趣旨の文書をしっかり準備して配布しているので、そういう意味でも対応に問題があったようには思えない。これで教師を叩いている人は、たぶん「これは教師の倫理観の欠如を指摘できるチャンス!」という結論ありきで叩いている人なのだと思う。

 

保護者の「今の教員は教え子より息子の入学式が大切なのか」という問いは、そんなに簡単に答えられるものではない。「当然、教え子のほうを大切にすべき」だという人がいたら、それは想像力が欠如している。教師も、教師であると同時にひとりの子をもつ親だ。自分はちゃっかり子供の入学式に出席しておいて、それでいて自分と同じように子供の入学式に出る教師を罵倒するというのは、想像力が足りなすぎる。

 

僕は今回の事例のように、教師が率先して仕事よりプライベートを優先する姿勢を生徒たちに見せることは、教育上とてもよいことだと思っている。むしろ、どんどんやっていくべきだと思う。そうやって教師が「仕事より家庭」を優先する様を子供のころからことあるごとに目撃すれば、自分たちが大人になって働きはじめたあとも同じことをしていいんだということがよくわかる。今はほとんどの教師が給料に見合わないような「過剰サービス」をする状態になっていると思うのだけど、これを「あたりまえ」と思わせないことはまともな労働観の形成に大きく資すると思う。

 

教師の労働環境は、はっきり言って「最悪」だ。残業代も出ないし、心や体を壊して休職する人も民間企業の平均よりも多い。業務量も増える一方だ。今回のように、少しでも仕事よりプライベートを優先させれば保護者や議員から批難される。このような面を捉えて、学校を「公的ブラック企業」と称しているのを見たことがあるけれど、これは結構うまい表現だと思う。

 

最近は、この学校の「公的ブラック」ぶりが有名になり、教師のなり手は減っているという。親が子供に「教師になるのはやめておけ」とアドバイスするようなケースさえあるらしい。教師のなり手が減れば、現場の負担はさらに重くなる。そうなれば、ますますなり手は減っていく。どこかで学校を公的ブラック状態から解放しないと、この負のスパイラルによって教育はいずれ崩壊するだろう。教育についての真の危機は、教師の倫理観の欠如なんかではなく、教師の労働環境のほうにある。「今の教員は〜」と偉そうなことを言うだけでは、教育は悪くなる一方だ。

 

教師の資質 できる教師とダメ教師は何が違うのか? (朝日新書)

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