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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

会社組織における業務効率化の限界について

仕事観
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会社によっては、おそろしく非効率な業務がそのまま放置されている場合がある。例えば、エクセルでマクロを組めば一発で済むような作業を、ものすごく長い時間をかけてひたすら手作業でやっていたりして、そういうのを見るとゾッとする。僕は単純作業が死ぬほど嫌いで、大学生の時に一時期そういうアルバイトを経験して気が狂いそうになったことがあるので、そういう単純作業をひたすら繰り返すような仕事は我慢がならない。

 

自動化・効率化できるところをそのまま手作業で突き進むというのは、時間という観点だけでなく、間違いが発生しうるという意味でもよいことではない。どんなに注意してやったところで、人間がやれば必ずどこかで間違いが混入する。自動化は、品質を上げるという意味でも、重要なことだ。

 

もっとも、会社組織で働く一人の従業員という立場からこの問題を再考すると、自動化や効率化は、必ずしも望ましいものとは言い切れない。経営者から見れば効率化はぜひともやりたいことだと思うが、従業員には、これを推し進めるだけのメリットがない場合も多い。

 

例えば、自動化・業務効率化を実行して、いままで3日かかっていた仕事を、1日で片付けられるようになったとする。では、これによって短縮できるようになった2日間は、好きなことをして遊んでいてよくなるのかというと、これが許されるような組織はほとんどないだろう。新しく生まれた余裕のある2日間には、さらに新しい仕事が振られるというのが一般的だ。

 

つまり、楽をしようと思って自動化や効率化をしたのに、楽になったところにはまた新しい仕事が追加されて、負担自体は変わらないということが起きる。この場合、出せるアウトプットの量は増えたのだから、その分給料も同じように増えるべきだと思うのだが、実際にはそんなことにはならない。損得でいうと、自動化や効率化をしただけ個人としては「損」ということになる。

 

このような状態で、個人が取れる最適な戦略は、「仕事を自動化した上で、その成果は隠す」というものになる。例えば、マクロを組んで仕事は一瞬で終わらせるが、周囲にはその事実は報告せず、未だに手作業で仕事をしているかのように振る舞う。空いた時間はひたすらスパイダーソリティアをやるなどして、サボるのである。ITリテラシーが高い人が、ITリテラシーが低い人ばかりの組織に入ったりすると、本当にこういうことが行われていたりする。

 

これは、会社組織に内在する限界だと考えてもいいのかもしれない。早く終わったらその分本当に早く帰らせるか、あるいはアウトプットに比例した給料を払うかのどちらかが実現しない限りは、個人が主体的に業務効率化をして、その成果を公表しようという気持ちにはなるはずがない。

 

これらの事実から目を背け、ただ念仏のように「業務効率化」「コスト削減」とだけ叫び続けても、そんなの実現するわけがない。もっとも、一介の雇われなのにもかかわらず、なぜか経営者目線を持ち合わせている人たちもいるので、損得の問題抜きに業務効率化やコスト削減が行われることもあるのかもしれない。そうだとしたら、結局日本の経営は社畜精神に依存しているところが強すぎるということになる。

 

社員が自主的に業務効率化をしたくなるような、そんな仕組みを入れない限りは、健全な形で会社の業務が効率化されることはないだろう。これはなかなか難しい。これがうまくできている組織は、果たしてあるのだろうか。

 

(補足)

ちなみに、この話はボトムアップ的に社員自ら行う業務効率化や自動化に対するものであり、例えば外部からコンサルを入れて業務効率化をさせるような場合には、気持ち的に妨げとなるものがないので容赦の無い業務効率化・人員削減が行われることになる。これはこれでまた別な問題が生じるが、それについてはまた次の機会に。

 

 

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