読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

「おもてなし」の心を日本のすべての会社が見習う必要はない

その他
スポンサーリンク

以下の記事を読んだ。

 

日本のすべての会社に見習って欲しい「おもてなし」の心
http://tom-w.hatenablog.com/entry/2013/04/29/111245

 

この記事に載っている内容は、どれも消費者の立場から見ると素晴らしいものが多い。上質なサービスを受けるとやはり気持ちがいいし、またその会社の商品を買ったりしたいという気にもなる。「おもてなし」の心は、それがサービス提供者の好意から、自発的に出るものであれば素晴らしいものだとも思う。

 

ただ、こういった過度の「おもてなし」の要求が、サービス提供者、つまり現場で働く労働者に過度の無理を強いているという側面も忘れてはならない。冒頭で紹介した記事のタイトルには「日本のすべての会社に見習ってほしい」とあるが、そもそも日本で消費者に対して提供されているサービスは、世界的に見ても非常に高水準だ。そして、困ったことに消費者は完全にその水準に慣れきってしまっている。

 

例えば、吉野家のようなファストフード系牛丼屋で、店員さんに過度に偉そうな態度を取っている人を見かけたことがある。「申し訳ございません」と謝る店員をひたすら詰る客に、僕は思わず立ち上がって「黙れ」と言いそうになった(結局、それだけの勇気がなくて言えなかったのだが)。店員には、料理を提供する義務はあっても、客に媚びへつらう義務はない。金を払っている以上、何をやってもいいと思うのは間違いだ。

 

過剰サービスを要求することは、結果的には自分たちの首を締めることでもある。日本人の多くは、消費者であると同時に、何らかのサービス提供者でもある。素晴らしいサービスが破格で受けられるということは、どこかで割に合わないサービス提供を強いられている人がいるということだ。サービスの要求水準を上げていくと、今度は自分がサービス提供者になった時に、辛い思いをすることになる。

 

定性的な仮説だが、僕はこの過剰なサービス要求が、負のスパイラルを生んでいるのではないかと思うことがある。仕事で過剰なサービス提供を強いられ、ストレスが貯まる。このストレスを、今度は自分が消費者になった時に、サービス提供者に対してぶつける。こうして理不尽な仕打ちを受けたサービス提供者も、同じように自分が消費者になった時に怒りを他のサービス提供者へとぶつける。これが延々と繰り返されていく。どこかで連鎖を断ち切らなければ、サービス提供者に対する理不尽はなくならない。

 

「おもてなし」の心は素晴らしいが、「もてなせ」と命令することは避けなければならない。そういう意味で、僕は「おもてなしの心を持て」と日本のすべての会社に要求することはできない。

 

ちなみに、店員に対して偉そうな態度を取る人は、異性にもてないそうである。サービス提供者に対して横柄に振る舞うということは、結果的には大損をしているということに一人でも多くの人が気づいてほしいと思う。

 

となりのクレーマー―「苦情を言う人」との交渉術 (中公新書ラクレ)

となりのクレーマー―「苦情を言う人」との交渉術 (中公新書ラクレ)