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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

部下や後輩をうまく「叱る」ことができる人などほとんどいない

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以下の記事が、非常に興味深かった。

 

叱責で「やる気失う」部下56% 上司89%「育成」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF03003_T00C13A8NN1000/

 

見事なまでのすれ違い。

 

会社で上司や先輩から行われる説教が、単なる憂さ晴らしである場合は少なくない。「お前のためを思って言ってるんだ」という言葉を使う人ほど、実際には自分自身のために説教をしている。ミスをした部下を叱責すれば、気分はスッキリするかもしれないが、それによって育成の効果が得られる場合は限定的だ。「育成のつもりで叱っている」と軽々しく言う人の多くは、「叱る」という行為の難しさを正しく認識していない。

 

「叱る」という行為は「褒める」という行為に比べると、何十倍も難しい。褒められて悪い気持ちになる人はあまりいない。褒めることで、その人のやる気を引き出すということは、ある意味誰にでも可能だ。一方で、「叱る」ことでその人のやる気を失わせずに、行動を正しく修正するというのはものすごく難しい。単にミスを指摘しただけでは、到底目的は達成できない。

 

人間関係の古典的名著デール・カーネギーの『人を動かす』でも、他人を注意することに関しては非常に慎重な提言をしている。間違いは、ズバリと指摘するのではなく本人が自分で気づくように仕向けることをよしとし、命令するのではなく意見を求めることが大事だと説かれている。「◯◯をやれ」とか「なんで◯◯したんだ」とストレートに気持ちをぶつけるだけでは、到底「人を動かす」ことなどできないというわけだ。『人を動かす』は戦前に出版された本だが、このことはおそらく今も昔も変わりがない。

 

また、先日池上彰さんの『伝える力』という本を読んだのだけど、この本でも「叱り方」については細かな注意が書いてあった。「叱る」場合はその人の顔を立てるために、みんなの前では絶対に叱らない、叱る前にかならず一緒に褒めることを忘れないなどなど、効果的に「叱る」ためには重視しなければならないことがたくさんある。ここからも、単に「注意する」だけではほとんどうまくいかないということが伺える。

 

伝える力 (PHPビジネス新書)

伝える力 (PHPビジネス新書)

 

結局、「叱る」というのはそれ自体が高等テクニックであり、誰でも簡単にできるようなものではないということだ。恐怖を与えて萎縮させることで相手の行動を制限することはできるかもしれないけれど、それは「育成」というよりかは「調教」とかそういう類の言葉で表現すべきものだ。人間は動物ではないのだから、恐怖を与えて行動を制限するようなことはすべきでない。何より、こういったやり方は理不尽が下の世代に延々と連鎖するという悲劇を生むだけで、組織に対してもいい結果をもたらさない。「熱血指導」と言われるものの多くは、指導者の独善的な理論に支配されたはた迷惑な空回りでしかない。

 

在籍年数が多くなると、それだけで無条件に管理職(マネージャー)にされるという組織がいまだに少なくないが、そうやって管理職になった人に部下を「叱る」能力があるかと言われると大いに疑問だ。多くの人は、部下のミスを単に指摘し、自分の若いころの経験と比較して、「俺の若いころはこうじゃなかった」と文句を言うぐらいが関の山ではないだろうか。

 

こういう人達には、せめて「叱る」という行為が難しいものだ、という認識だけでもしておいてもらいたいものである。

 

新版 ハンディーカーネギー・ベスト(3冊セット): 「人を動かす」「道は開ける」「カーネギー名言集」

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