小学校や中学校には、職場体験というものがある。僕も、中学生の時に行った職場体験はそれなりに記憶に残っており、確かNHKに行ってアナウンサーの真似事のようなことをやらされたような気がする。田舎の中学生だったので、テレビ局の中に入れたのは結構楽しい体験だった。
職場体験は面白いし、しょうもない座学に比べれば学べるものもあると思うので、今回の記事はそれ自体の有効性を真っ向否定しようとするものではない(もっとも、文部科学省の提唱する職場体験の理念に100%賛同できるわけではない)。職場体験自体は別にあってもいいと思うのだが、以下のニュースを見ていたら、職場体験よりもまず最初に教えなければならないことが、教育の現場からすっぽり抜け落ちている、という感想を抱かないわけにはいかなかった。
契約社員やパートの半数知らず 有休や残業代の請求権
http://www.asahi.com/business/update/1225/TKY201212250642.html
この記事によると、契約社員やパートも条件を満たせば有給休暇が取れるということを知っているのは、正社員の66%、非正社員の52%にとどまり、残業代の請求権についても正社員の約3割、非正社員の約4割がその存在を知らなかったそうである。
これは結構衝撃的な結果だと思うが、確かに振り返ってみると、この手の有給休暇や残業代の割増賃金などについて、僕は学校で教わった記憶はない。職場体験や進路指導の記憶はあるが、この手の労働者の権利についての話は、公民の授業でも具体的にはやらないし、進路指導でも全く話に出ることはない。
職場体験の内容は、基本的に生徒に対して間接的な影響しか与えない。例えば、僕はNHKに職場体験に行ったが、別にテレビ局に勤める人間にはならなかったし、他の参加者も同様だと思う。あくまで「職業」という大きな捉え方をした上で学ぶことが目的で、職業体験の内容がどのぐらい役に立つかは、基本的には人それぞれである。
一方で、労働関連の法令を学んだり制度を知ることは、およそ働こうとしているすべての人に関係する内容で、これを知らなくてよいという人は基本的にはいないはずである。小学校・中学校では「働くこと」の副産物的なもの(やりがい・社会貢献など)ばかり強調される傾向にあるが、基本はあくまで会社対個人の「契約」であるということは決して見過ごされてはならないことだ。契約である以上、無知につけこんで騙そうとしてくる悪者は当然いるわけで、そのような輩から身を守る術は、等しく学校で教育される必要がある。そういう意味で、優先度はこちらのほうが職場体験よりも何倍も高いと僕は思う。
確か、マルチ商法や霊感商法などの悪徳商法に引っかからないようにするための知恵や、クーリングオフ制度については、家庭科の時間に習った記憶がある。ブラック企業が社員の無知を利用して有給を与えなかったり、サビ残を強要しようとすることも悪徳商法同様に犯罪であるわけで、こちらについては特に何も教えないというのは、どう考えてもアンバランスである。もしや文部科学省は、国民全員が社畜になることを望んでいるのだろうか、というおそるべき仮説を立てたくすらなってしまう。
「仕事」の話を学校ですると、すぐに「夢」とか「人生」といった理念的な話になりがちだが、仕事はもっと泥臭いものであり、決して綺麗事だけでは済まされない部分がある。そういったことから目を背けるのは、教育の在り方として、疑問を抱かずにはいられない。
自分の身を守るための知識は、誰もが持っている必要がある。この手の知識を、早く小学校や中学校でも教えるようにしなければ、これからも騙される人は出続けることだろう。

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