たまに、「大学では、社会に出てから役に立つことなんて何も教えてくれない」という、ものすごく的はずれなことを言う人がいる。
こういうことを言う人は、大学の役割を勘違いしている。大学は、そもそも学問をするところであって、就職活動の準備をする施設ではない。会社に入ってから役に立つことを教える義務は大学にはない。「大学では、社会に出てから役に立つことを教えてもらえない」というのは、「蕎麦屋では、ラーメンを注文しても出てこない」と言っているのと同じで、当たり前すぎて批判になっていない。
どうして、このような勘違いをしてしまうのだろうか。それは、学生が大学を学問をする場所ではなく、就職までの準備学校として利用してしまっているという悲しい現実があるからだ。
この傾向に迎合してしまっている大学も多い。私立大学の説明会や募集要項では、殊更就職率や就職先のことが強調され、肝心の学問部分は大学生活のおまけ程度にしか考えられていない。専門を選ぶ際にも、就職率などが必要以上に意識され、文学部などが敬遠される傾向にある。
責任は、企業側にもある。一般的な大学では、一般教養課程を2年生までに終えて、3年生から本格的に専門科目の勉強に入る。言うならば、3年生からが大学の本番である。しかし、企業が新卒採用のために動き出すのもこの時期だ。3年生の秋ごろには就活サイトがオープンし、説明会などがちらほら行われるようになる。4年生になれば、本格的に面接がスタートする。これでは勉強どころではない。肝心の専門の勉強は就職活動のせいでないがしろになり、なんだか専門のことはよくわからないまま卒業してしまった、という人も決して少なくはない。
僕は、このようにして大学で学問がないがしろにされる状況を、危機的だと考えている。大学で学べることは、会社に入ってから直ちに役に立つことはないかもしれないが、人生や世の中全体を考える上では、とても役にたつと思うからだ。
僕が大学生の頃の話だが、野矢茂樹という先生の、哲学の講義に出たことがある。野矢先生は冒頭で、「この講義でやることは、特に何かの役にたったりすることはない。でも、人生を豊かにしてくれるかもしれない」と前置きをした上で、講義を開始した。講義はものすごく面白かった。冬学期の一限という、起きるのがおそろしく大変な時間に開講されていたが、せっせと通ったことを覚えている。レジュメやノートも未だに捨てずにとってある。
野矢先生の講義で教わったことは、確かに起業や仕事に直接役立ちそうにないけれど、僕の人生の基本的な部分に大きな影響を与えている。ビジネスマナーとか、ロジカルシンキングだとか、そういう上辺だけのスキルと違って、このような学習体験は一生もので、いわゆる「社会に出てからすぐに役立つスキル」の何十倍もの価値がある。
大学生は、在学中は会社に入ってからのことなんて考えずに、本来の目的である学問にもっと時間を割くべきだ。学問の時間をないがしろにしてまで、セミナーやOB訪問、就活団体の活動なんかに貴重な時間を使うのは愚の骨頂である。
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