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脱社畜ブログ

仕事観・就職活動・起業についての内容を中心に、他にも色々と日々考えていることを書き連ねていきます。

いい仕事をすればするほど、仕事はつらくなっていく

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あなたが日本の会社に就職して、ものすごく仕事を頑張ったとする。

 

単に精神論として頑張ったというだけではなく、実際に成果もたくさん上げて、会社にも多くの利益をもたらした。その結果、あなたは見事同期の中で一番仕事ができる人と評価されたとしよう。

 

当然、会社はそんなあなたの働きに対して、見返りを与えることになる。素朴に考えると、これは給与に還元されるのが正当なように思える。自分が同期の10倍ぐらい会社に貢献しているというのであれば、給料も10倍ぐらいになる……とかだったら、あなたの懸命な仕事も報われると言えそうだ。

 

しかし、現実にはそんなことはありえない。日本の会社の多くは、仕事ですばらしい成果を上げた人間には、役職を上げてさらに難易度の高い仕事を与えるという報い方をする。給料も少しは上がるかもしれないけど、それ以上に仕事の量、責任の重さがグッと上がって、仕事はどんどんしんどくなっていく。

 

別な言い方をすれば、日本の会社の場合、仕事の見返りは給料ではなく「やりがい」によって与えられるということだ。いい働きをすればするほど、仕事の難易度は増していき、いわゆる「やりがい」も上がっていく。「やりがい」が一番仕事で大事だ、という人にはこの報い方でもいいのかもしれない。でも、そうでない人にとっては、いい仕事をすればするほど、仕事がどんどんつらくなっていくような状況が生まれる。

 

よくベンチャー企業を自称するブラック企業の求人広告に、「できる人にはどんどん責任ある仕事を任せます」などと書いてあることがあるけど、これはまさに「やりがいで報いる」という評価システムを採用していることの表明に他ならない。もちろん、責任ある仕事を任されるに連れて給料もグングン上がっていくというのであればそれも正当な気がするんだけど、現実は給料が上がるのはちょっとだけで、それ以上に責任ばかりが増加するということのほうが多いのではないだろうか。

 

出世レースを最後まで勝ち抜けば、最終的には役員になって金銭的にも相応の見返りが受け取れる立場になれるのかもしれないけど、そこまで到達できる人は少数だ。ほとんどの人は、途中で椅子取りゲームに負けてそこで終わってしまう。それに、会社自体が傾いたとしたら、椅子には何の意味もないということになる。そんな危なっかしいチャンスにかけるぐらいだったら、最初から椅子取りゲームに参加しないという選択もできていいんじゃないだろうか。

 

どうしても僕は、頑張ったらその後はラクがしたいと考えてしまう。頑張って成果を上げたのに、そのせいでさらに頑張らなきゃならなくなるという状況は個人的にはご勘弁願いたい。これがゲームとかだったら、ステージが上がるほど敵がどんどん強くなっていって達成感が高まっていくという仕組みも理解できるのだけど、仕事はゲームとは違う。そんなにエンドレスで頑張れるわけがない。

 

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。
 

  →「はじめに」(p1-6)を読むことができます。