最近は、ビジネスの場で「スピード感」という言葉をよく耳にする。「これからのビジネスはスピード感が何より大切」というような表現はもはやテンプレの域に達しているし、楽天なんかに至っては、社是のうちの1つが「スピード!!スピード!!スピード!!」である。
このスピード感という言葉はなんかふわふわしていて掴みどころがないような気がするが、おそらく「世の中にプロダクトやサービスを、誰よりも早く提供する」ということを言っているのだと思う。例えば、本来ならば開発に12ヶ月かかるものを、6ヶ月で開発するとか、そういう話である。一言で言えば、納期の短縮だ。
納期を短縮しようとした場合、アプローチは基本的に下の3つになる。
- プロダクトの質を下げるなどして、仕事の量自体を減らす
- 効率化を行い、仕事の生産性を上げる
- 仕事をする時間を増やす
1のアプローチはできればだいぶ楽になるのだが、実際には許されない場合が多い。納期が半分になったからといって、プロダクトのクオリティを半分にすることを許す経営者はあまりいないはずである。多少の妥協や仕様の削ぎ落としは認められても、1をメインにして大幅に納期を短縮するのは難しい。
もっとも正統派なアプローチが2である。スピード感、という本来の言葉の意味から考えると、この方法を取るのが正しいように思える。しかし、会社にはこれを妨げる障害も多い。必須とは思えない会議は毎日のように入るし、意思決定を現場でしたい場合でも、上司の決裁が必要だったりする。せっかく作業が集中モードに入ってきたと思ったところで、すぐに誰かに話しかけられて集中力は霧散してしまう。おそろしいことに、「スピード感」を謳っている企業でもこういう問題は放置されている場合が多い。
結局、2のアプローチがうまく行かなかった人は、仕方なく3のアプローチに流れることになる。経営陣が呈示した無茶な納期に間に合わせるために、毎日遅くまで残業し、場合によっては徹夜・休日出勤までしてなんとか納期に間に合わせる。実際のところ、「スピード感」を連呼している会社の9割くらいはこれによってスピード感のある経営を実現しているんじゃないかと僕は思う。
残業や徹夜によって納期を短縮しても、本来それはスピード感があるなどと言われるべきものではない。単位時間あたりの生産性を考えれば、むしろ残業や徹夜による業務効率の低下によって、スピードが落ちているとさえ言えるはずだ。しかし、そのような場合でも、平気で「うちはスピード感のある経営がウリ」などと言われる場合が少なくないから笑ってしまう。仕事の効率化にほとんど経営努力が割かれていないのに、「スピード感」を強調してくるような会社は、結局社員に長時間労働を強いてるだけであり、要注意だ。
困ったことに、たとえ社員が無理な残業によって健康を害しても、日本では納期に間に合いさえすればそれで称賛されてしまう。残業や徹夜という手段を動員しなければダメだったということは、ルール通りのやり方では間に合わなかったということである。失敗か成功かでいえば、失敗である。本来なら反省をすべき類のものだが、「徹夜だろうがなんだろうが、間に合ったのだからよし」というような判断で、あまり反省されないことが多い。こうして、言葉だけの「スピード感」が氾濫する。
もし、あなたの会社の経営陣が「スピード感」を求めてきたら、それが単に長時間労働を強いているだけではないのか、ということを一度疑ってかかったほうがよい。語感のいい言葉に騙されてはいけない。
- 作者: 大橋悦夫,佐々木正悟
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