日本には、「仕事があるだけ幸せだ」という考え方がある。会社がとんでもないブラック企業で、毎日遅くまでサービス残業をさせられ、体も心も追い詰められた状態の人が、「会社を辞めたい」という相談を誰かにしたとする。その際、「仕事があるだけ幸せなんだから、もう少し頑張れ」というアドバイスが返ってくることも少なくない。失業するよりは、どんなに辛くても(一応)正社員としての勤め先があることのほうがまだマシだという価値判断が根底にあるのだと思う。
しかし、正社員としての勤め先があることが、必ずしも失業状態に勝るというわけではないことは、少し考えれば容易にわかる。たとえ正社員で雇用自体が安定していたとしても、労働条件が過酷で、健康を害してしまったら元も子もない。酷い職場で被害を受けるのは体だけではない。心まで蝕まれる可能性がある。こんな状態に追い込まれて取り返しの付かないことになるくらいだったら、そうなる前に逃げてしまったほうが絶対によい。
こういう考え方が未だに根強いのは、日本にまだ正社員信仰のようなものがあることも理由の1つのように思える。確かに、正社員とパート・フリーターの生涯賃金をそれぞれ比較すると、その差に愕然とするし、年金や保険などの点でも、正社員は優遇されている。正社員じゃないということで云われのない差別を受けることだって、会社によってはあったりする。しかし、この地位を固守しようとしたがために、逆に体を壊してしまったり、心を病んでしまったりするのは本末転倒だと僕は思う。
さらに言うと、今後数十年に渡って、この「正社員」という地位が日本で今までと同じように強く保護される対象であり続けるとは僕には到底思えない。雇用の流動性は今後ますます高くなり、定年までずっと同じ会社に勤め続けるというのはほとんど現実的ではなくなるだろう。終身雇用を前提とした正社員のあり方は当然見直されることになるはずだ。今後、暴落の可能性が高い「正社員」の地位に、体を壊してまでしがみつくのは得策とはいえない。
サビ残強要のような犯罪行為が行われている企業で、正社員という地位を失うことが気がかりで逃げることにためらっている人は、一度このことを考えてみてもよいと思う。今の日本では、「仕事があるだけ幸せ」なんてことは全然ない。我慢の先に、明るい未来は必ずしも保証されていない。

正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ! (角川oneテーマ21)
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